浪人仁さんふらり日記

殺陣好きの役者にござる。拙者が興味を持った事を江戸言葉を交えながら記述致すでござる。

仁さん夢物語☆二十二 覚醒

今年は空梅雨であろうか。雨は少ないが陽射しは強い。まことに暑い!
かき氷とやらが食べたくなる季節でござるな☆
熱中症なるものにはくれぐれも御用心、御用心☆

然らば、『夢物語』始まりでござる~☆
ちょ~ん♪(拍子木の音)

時刻は子の刻を過ぎている。
拙者の住む長屋は先ほどの賑わいはどこへやらしんと静まり返り時折どこからか大いびきが聞こえてくる。
みな騒ぎ疲れ、飲み疲れで深い眠りについているようだ。
が、拙者の家だけは違った。
座敷娘は気を失ったままで苦しそうに荒い息をしている。
医者にとも思ったが果たして人の医者が妖怪を診れるだろうか。
ねこ(ヘンテコな生き物)は心配そうに座敷娘の周りをぐるぐると回っている。(邪魔だ。)
それにしてもあのくそ坊主め!今度会ったらぶった斬ってやる!!!
よ『春風様・・・』
仁『よめ!大丈夫か?』
よ『申し訳ありません。ご迷惑をおかけして。』
仁『よい。気にするな。ほしいものはあるか?』
よ『お水を。』
仁『わかった。』
水瓶を見ると空っぽである。先ほどの宴で皆が飲み干してしまったようだ。
仁『すまぬ。汲んでまいる。』
よ『そんな。春風様に水汲みなど。わたくしが・・・』
仁『よいから寝ておれ。すぐ戻る。』
よ『はい。』
一月はまだ寒い。夜ともなると冷え込みは一層厳しくなる。
井戸で水を汲みながらふと空を見上げると天高く月が浮かんでいる。
仁『このままよくなれば良いが・・・』
なにせ風邪などとは違い怪しげな坊主の”術”が原因なのである。正体を現せとか何とか言っていたが何のことやら。
あの二人(河童と雪女)なら治せるかもしれぬ。明日にでも訪ねてみるか。
・・・。
何処にいるのだ⁉
まあそれは後で聞けばよい事である。今は早く座敷娘に水を飲ませてやらねば。
桶を手に戻ろうとしたその時、拙者の家から悲鳴にも似た叫び声が!
仁『よめ!』
戸を開けたとたん中から凄まじい妖気が溢れ出す!
あまりにも濃い妖気のせいで家の中がまるで霧に包まれたように真っ白になっている。
気を失いそうだ。
仁『ふんが!』
丹田に気合を込め何とか耐えた!
やがて充満していた”妖気の霧”が外へと流れ出し家の中の様子が見えてきた。
そこには、ねこ(ヘンテコな生き物)を鷲掴みにして佇む座敷娘(よめ)の姿があった。
明らかにいつもの座敷娘(よめ)ではない。その姿はどこか虚ろでいて妖艶さを増している。そのうえあの天真爛漫さとは打って変り目に見えるほどの妖気と凍てつくような鋭い殺気を纏っている。
恐らく常人なら見ただけで無事ではすむまい。拙者が(辛うじて)耐えているのが不思議なくらいだ。
様子からして先ほどの叫び声はねこ(ヘンテコな生き物)だな。
・・・ねこ(ヘンテコな生き物)は生きているのかどうか(あまり心配していない。)
仁『よめ、どうした!これはいったい・・・』
よ『・・・』
仁『よめ!』
座敷娘(よめ)は徐に閉じていた眼を開け拙者を睨みつける!
途端、拙者は金縛りにかかり身動きが取れなくなる。
仁『か・・・。よ、よ・・め・・・。』
座敷娘(よめ)は”ねこ(ヘンテコな生き物)”を投げ捨てるとふわりと宙に浮いていく。浮きながらその容姿は変化していく。
手足の爪は鋭く伸び口は耳まで裂け額に二本の角を生やしていく。その眼(まなこ)は真紅に染まり憎悪と殺気を漲らせている。
鬼である。

仁『よめ。』
天井まで浮かび上がった座敷娘(よめ)は物凄い形相で拙者に襲い掛かってきた!
よ『うがああああああ!』
仁『よめーーー!』
その時、拙者の横をすり抜け何者かが刀を抜き放ち飛び込んできた!
あの”くそ坊主”である。

ガキーン!

くそ坊主は間一髪、座敷娘(よめ。今は鬼。)の爪と牙を刀で受け止めた!なかなかやるな。
僧『ははははは。やっとお目覚めかい。待ちくたびれたぜ!』
くそ坊主は力任せに座敷娘(よめ。今は鬼。)を跳ね返した。再び宙に舞う座敷娘(よめ。今は鬼。)
僧『あ~あ。だから言わんこっちゃねえ。おとなしくあの娘を俺に渡しときゃよかったんだ、よ!』
ごつ!(くそ坊主が拙者の頭をぶん殴る音。)
仁『貴様なにをする!!!』
僧『がたがた言うない。動けるようになっただろ。』
は!確かに。
僧『礼なら後でいいぜ。』
誰が言うか!
僧『それよりこいつはまたとんでもねえなあ。ここまで強烈な”鬼”は初めてだぜ。』
仁『鬼。』
僧『はあ?見りゃわかんだろう。頭に角生やした女がどこに居んだよ。』
・・・確かに。
僧『さあて、こいつはちょいとてこずりそうだぜ。』
仁『待て!何をする気だ!』
僧『馬鹿かてめえは。退治するに決まってるだろ。』
仁『駄目だ許さん!』
僧『はー呆れたもんだぜ。お前さん今こいつに食われそうになったんだぜ。こんなの生かしといたらそこら中の人間がみーんな食われちまう。それでもいいのかい。』
仁『それもだめだ。』
僧『じゃ其処どきな。退治してやる。』
仁『それもだめだ。』
僧『・・・オン』
仁『ぬがっ⁉』
く・・・金縛りか⁉
僧『わりいな。あんたにかまってる暇ねえんだ。そこで見物してな。』
仁『(待てくそ坊主!座敷娘に指一本触れる事は許さん!)』
・・・金縛りで声が出ない!?
僧『待たせたな化け物。此の妖気。この殺気。おめえ闇から生まれた極上の鬼だろ。退治しがいがあるぜ。覚悟しな!』
拙者の目の前で法力と妖力がぶつかり合う凄まじい戦いが繰り広げられている。
拙者はただ成す術もなくその戦いを見守るしかなかった。
どしゃー!
僧『くっはーやるなコノヤロー!』
まあ、一方的にバカ坊主がやられているのだが。
僧『こうなったら俺の最強法力をくらわせてやる!』
最強法力⁉やめろ!嫌な予感がする!!!
僧『吹っ飛べ化け物!』
どん!!!!!
くそ坊主の法力炸裂。見事に天井はおろか屋根までぶち抜いた。(おい!!!)
片『春風殿ー!何事にござるか⁉』
今の音で流石に気付いた片桐が血相を変えて飛んできた。
片『やや!これはいったい!!!』
『なんだなんだ。』
『何の騒ぎだ。』
『うわ!なんだあれ!』
ようやく気付いた長屋の連中も、のそのそと集まってきた。あれだけの大騒ぎに気付かぬとはこの長屋の連中はいったい。
僧『ちっ。結界まで吹っ飛ばしちまったか。』
けっかい???けっかい・・・。な、なるほど。そういうことか。けっかいか。ははは(分かってない。)
座敷娘(よめ。今は鬼。)も流石にこれは効いたらしく息を荒くして座敷にしゃがみこんでいる。
僧『さあて、手こずらせてくれたな。これ以上騒ぎになるのは御免だし、終わりにしようぜ。』
くそ坊主は刀を構え呪文を唱え始めた。
片『春風殿!如何された!しっかりなされよ!あれはなんでござる!あの坊主はなんでござる!』
仁『か、かた・ぎ・・りどの・・』
片『春風殿!春風殿!!春風殿ー!!!』
くそ坊主の呪文で刀が金色に輝く。どうやら刀に“法力”を込めているようだ。
僧『さあ行くぜ化け物。往生しな!!!』
仁『よめーーー!』
拙者の刀がくそ坊主の一撃をすんでのところで受け止める。
僧『なんだあ。なんでてめえ動けるんだ。』
仁『気合いだ。』
いやいや。片桐が滅茶苦茶に拙者を揺り動かしたお蔭で金縛りが解けたのだ。首が痛い・・・。
『がぶっ!!!』
拙者の左肩に激痛が走り鮮血が飛び散る!
仁『んがっ⁉』
片『春風殿!』
見ると座敷娘(よめ。今は鬼。)が喰らいついている。
仁『よ、め・・・。』
僧『馬鹿野郎!化け物なんざ庇うからそんな目に合うんだ!今助けてやる!』
仁『手出し無用!』
僧『なにぃ⁉』
仁『手出し、無用だ。』
牙が食い込み骨が砕ける音が響く。
片『春風殿!』
仁『来るな!』
僧『・・・てめえ、死ぬ気か。』
仁『・・・そうじゃな。それも悪くない。よいか、よめ。拙者を食うて構わぬ。ただし決してほかの者には手を出すな。』
よ『・・・』
仁『食い終わったらあの二人(河童と雪女)のもとに帰るのだ。そこで静かに暮らすがいい。よいな。』
よ『・・・』
仁『ふふふ。おしかけて来た時にはどうしたものか困ったものじゃが・・・愉快であった。』
よ『・・・・・・・・・』
仁『ありがとう。達者でな。(そっとほほに触れる。)』
よ『!(春風様!!!)』

座敷娘(よめ。今は鬼。)の体が眩い光を放ちその姿を変えていく。禍々しい鬼から座敷娘(よめ)の姿へと。
よ『春風様。お礼を申すのはわたくしの方で御座います。何時もご迷惑ばかりかけているわたくしをお傍に置いて下さって。感謝の言葉もありませぬ。』
仁『よめ。』
よ『それなのに春風様にこのような、このような・・・わたくしの正体は鬼。人とは相まみえぬもの。これ以上春風様にご迷惑をお掛けする訳にはいきませぬ。里に戻ります。今までありがとうございました。』
そう言うと座敷娘(よめ)はふわりと天に舞い上がった。
仁『よめ!』
よ『春風様。さようなら。さようなら。』
座敷娘は夜空へその姿を消していった。
仁『・・・よめ。』
僧『はー驚いたね。化け物を改心させちまいやがった。やれやれ。お前さんのお蔭で商売あがったりだぜ。ま、いいか。退治するのもめんどくせえし。』
片『あー!その刀その刀はー!!!』
くそ坊主が手にしている刀を見て片桐が声を上げる。
僧『なんだーうるせえな。この刀がどうしたって?』
片『その刀こそは我が城から盗まれた『正宗』!お主その刀をどこで手に入れた⁉』
僧『あー。ああ、あんたあの城の?あの時化け物に錫杖折られちまってよ、ちょうどいいとこにこいつが落ちてたんでちょいと借りたんだ。よーく切れるから重宝したぜ。』
片『返せ!その刀を返せ!』
僧『はいはい悪かったな。ほらよ。』
僧は刀を片桐に無造作に投げ返す。
片『わー!!!』
僧『ところであんたの殿様、ネズミの化け物に狙われてたんだが何か心当たりはねえかい。』
片『鼠?あ!鷹狩をした折に野鼠を獲ったことがことがあったが、まさか!』
僧『やっぱりな。俺がいなけりゃ取り殺されてるところだ。生き物を玩具にしちゃいけねえよ。殿様によおく言っときな。じゃあな。』
そう言い残すとくそ坊主は去って行った。
片『よかった!誠に良かった!これでようやく国に帰れる!』
仁『片桐殿。念願叶いましたな。』
片『はい!ところで春風殿。』
仁『ん?』
片『傷は大丈夫でござるか?』
仁『あ。』
拙者はそのまま気を失った。

佐『春風の旦那、おはようございます!』
仁『おう佐吉。精が出るな。』
佐『へい。傷の具合はどうです。』
仁『だいぶ良い。世話をかけるな。』
佐『なあに。礼には及びませんや。そいじゃお大事に。』
佐吉は大工道具を肩に颯爽と仕事へと出掛けて行った。
それを見送り拙者もふらりと通りに足を運んだ。
座敷娘(よめ)がいなくなってから十日余りがたっている。
くそ坊主が吹き飛ばした屋根は佐吉のお蔭で元通りになった。まさか佐吉があんなに腕のいい大工だったとは驚きである。
片桐はと言うとようやく取り戻した『正宗』を手に喜び勇んで国元に帰って行った。東海道を西へと向っているはずだが今頃はどのあたりであろうか。
にしても。あれほどの騒ぎであったにもかかわらず皆気を使ってかあの日の事を口にする者は誰もいない。
錦屋の娘すみには座敷娘(よめ)は父親が病を患いその看病のために里帰りしたと伝えてある。あの父親(河童)が病などあり得ぬが。
心配なのは事の真相を知った先見屋(拙者が話した。)である。あれから相当な落ち込みを見せている。店の暖簾も出ていない。
やれやれ、どうしたものか。
ねこ(ヘンテコな生き物)も先見屋と似たようなもので縁側(と言うほどの物でもないが)で日がな一日ぼんやり空を眺めている。
何時もの様に町中をふらふらしているとたまに座敷娘(よめ)の事を尋ねるものもあったがそれには錦屋のすみに言った事とと同じことを言っている。
南町の同心酒井だけは意味ありげな笑みを浮かべていたが・・・。
たまにはねこ(ヘンテコな生き物)を元気付けてやろうとあ奴の好物の”あんころ餅”を買ってきてやった。元気になればよいが。
仁『今帰った。』
と言っても返事が返るでもないが。
よ『お帰りなさいませ。春風様♡』
仁『⁉』
よ『どうなさいました?早く中にお入りくださいまし。』
仁『お、お、お主、どうして・・⁉』
よ『はい。実はわたくし、里に帰る途中であの怖いお坊さんに捕まってしまいまして。』
仁『何!あのくそ坊主に!!!』
よ『はい。あんなに酷いことをしたのですから退治されても仕方が無いと観念したところあのお坊さん、もう二度とわたくしの中の鬼が目覚めないようにと封印を施してくださいました♡』
そう言って座敷娘は後ろを向き着物をはだけた。その背には梵字で封印の術式(よくわからぬが)が刻まれていた。
よ『あのお坊さん。案外良い方なのですね。』
・・・いや、絶対斬る!
よ『でも困りました。あのお坊さんは文字はそのうち体に吸い込まれて消えるとおっしゃっていましたがそれまで湯屋には行けませぬ。』
仁『!』
よ『仕方ないのでここで湯浴みを。春風様も御一緒に・・・』
ばたん!
拙者は外へと飛び出した。
よ『あら(くす)もじゃちゃんいらっしゃい。』

そうか。戻ってきたか。・・・そうか。

なぜか心が躍る拙者であった。

つづく。
ちょ~ん♪(拍子木の音)

ではまた次回☆
これにて御免!